Amanogawa プロジェクトは2012年に始まった。
本来は制作するはずだった銀河鉄道の夜の最後のシーンで市民の皆さんと作るはずだったシーンのみ映像作品として制作をし、写真、映像、テキストで残したが、「からたち」「からたちから」(日本基督教団巣鴨教会でのクリエーション)や札幌版での制作へと進化していき、鳥取銀河鉄道祭へとつながって行った。
20220311
あれから10年。当時はまさか鳥取にいるとは思っていなかった。
今日は現在の居場所の大学前の丘にろうそくを並べる。一つ一つの光は人の命。それらは星のように輝いている。町の灯と星の光は似ていて、川辺に映る星の世界にカンパネルラはいて、しかしそれは平行線を辿っているに過ぎない。
当時のWSを思い出してみる。
通りかかった先生は神戸の震災も関わった関係でヒアリングで東北通ったんだよと話しつつ、でも西日本では今ひとつピンときてないんだと思う、とおっしゃったりする。
また別の方はえ、311、あ、そうだったっけという反応だったりする。
通りかかった学生は生のろうそくの火だということの方が驚きだったりする。
土地により、世代により見ているもの、感じているものが全く異なるということを改めて感じる。人は見たいものしか見ない。また見たことがあるものしか理解できない。一つの国ですらこの温度差。
ロシアも、またウクライナもそうなのだろう。
国のような大きな一括りで見てはいけない。それぞれの個々の人にいかにつながっていくか、そして心の支えになっていくかみたいなことが問われているような気がする。たとえ離れていたとしても。空間を超えることはそんなに難しいことではない。時間は言葉を介してしか私は未だ超えれていないと感じている。
10年後はどこにいるだろうか。