ラベル 作品紹介、Piece description の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 作品紹介、Piece description の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年12月12日日曜日

ダンスハ體育ナリ?其ノ三 2021年:踊ル?宇宙ノ旅

 

木野彩子 レクチャーパフォーマンス

『ダンスハ體育ナリ?』其ノ三 2021年踊ル?宇宙ノ旅

2021:Space Odyssey (with dance?)

Lecture-Performance: “Dance Becoming Physical Education?” Vol.3

日本では体育の一環として教えられているダンス。健康のために、音楽に合わせて清く正しく美しく。其ノ一では明治期からの女子体育の歴史と大野一雄を、其ノ二では1940年幻の東京オリンピックと体操の大流行を扱ってきました。日本人の集団性が教育の中で養われ、個人の自由な表現は軽視されてしまう傾向があるのは否めません。体育は特に身体から思想全体へと影響を与えてきました。体育がスポーツ化するのに合わせ、ダンスのスポーツ化も進み、すごい身体を目指して追求する人とそれを見る人の分断が進んでいく中、もう一度一人一人が自分の身体と向き合う時ではないかと考えます。2024年パリ五輪ではとうとうダンスが正式種目になりますが、ダンスは競い合うものではなく、お互いの違いを認め合うものであったはずです。優劣をつけるものではなかったはずなのに、いつから選ばれた人のためのものになってしまったのでしょうか。そして誰が何を基準に優劣を判断できるのでしょうか。審査員が?マーケットが?メディアが?世界が?それって、誰ですか?

 シリーズ第三弾となる本作では、ダンスどころか身体をそして自己を放棄しつつある人類の未来について、考察します。整形などの身体変工から2.5次元ミュージカルの台頭、コスプレをみてみると、何者かへの変身を望み、結果として実体の自分を否定してしまう現代の文化が見えてきます。それは本当に幸せなことなのでしょうか。アバターやバーチャルリアリティに可能性があることは確かですが、全てを自分が、あるいは人間が作り出していると思ってはいないでしょうか。一人一人の身体はこの宇宙の星にもつながっていて、だからこそかけがえのない輝く生命であったはずです。138億年の記憶がこの細胞、DNAに眠っていて、ダンスは元々それらの記憶を辿り、蘇らせるような行為だったのではないでしょうか。だからダンスは文字の生まれる前から途切れることなく続いているのです。私たちはこの身体からしか考えることはできません。身体から一緒に考えてみましょう。この身体で、ライブでなければできないこととは何なのか。ダンスはどこへ向かうのか。プラネタリウムで宇宙の旅に出る特別編。

構成・出演:木野彩子
プラネタリウム映像コーディネート:宮部勝之 
音響:國府田典明
プログラムデザイン:北風総貴(ヤング荘) 
企画制作:キノコノキカク
企画協力:NPO法人ダンスアーカイヴ構想
協力:港区立みなと科学館、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト(4D2U)

 In Japan, dance is taught as part of physical education in schools. For the purpose of good health, students dance to music with purity, correctness, and beauty. In Volume One of the current series, I dealt with the history of women’s physical education since the Meiji era and Kazuo Ohno, while in Volume Two I dealt with the phantom Tokyo Olympics of 1940 and the craze for physical exercise. It is undeniable that the Japanese tend to cultivate a collective nature in their education and pretend not to see the free expression of the individual. Physical education in-particular has come to have an influence on the body, through to the whole of thought. As the sportification of dance advances alongside sport-centered physical education, and as the division between those who pursue an outstanding physique and those who watch on as spectators continues to grow, I think it is time for each of us to once again face our own bodies. Dance will finally be an official event at the 2024 Paris Olympics, but it was never supposed to be about competition; dance should be a means to mutually recognize the differences between us. Never intended as something to be judged on the basis of merit, since when did dance become the pursuit of a select few? And who can determine superiority or inferiority, and based on what standard? A jury? The market? The media? The world? Who exactly is that?

 In this, the third installment of the series, I examine the future of humanity, which is abandoning not only dance but also the body itself. From plastic surgery and other forms of bodily transformation to the rise of 2.5-dimensional musicals and cosplay, we see a modern culture that desires to transform itself into something else and deny its true self as a result. Is that really something to be happy about? There is certainly potential in avatars and virtual reality, but doesn’t anyone think it is all something we, or humans, have created? Each of our bodies is connected to the stars in the universe, and that is precisely why life is irreplaceable in all its iridescence. 13.8 billion years of memories lie dormant in our cells and DNA, and dance was originally something like the act of tracing those memories and bringing them back into existence. That is why dance has persisted without interruption since before the birth of letters. Thought is only possible in this body. Let’s think together starting from our own bodies. What can only be achieved in a live setting, using this body? Where is dance heading? This special edition takes you on a cosmic journey in a planetarium.

Direction, Performance: Saiko Kino
Planetalium film coordinator: Katsuyuki Miyabe
Sound Design: Noriaki Koda
Program Design: Souki Kitakaze (Young Soul)
Production planning: KINOKONOKIKAKU
Production cooperation: NPO Dance Archive Network
In collaboration with Minato Science Museum, FOUR-DIMENSIONAL DIGITAL UNIVERSE PROJECT, NAOJ

Dance New Air 2021HP:https://dancenewair.tokyo/2020/saiko-kino/

Interview:https://dancenewair.tokyo/2020/interview04/




写真:ユーリア・スコーゴレワ


ダンスハ體育ナリ?シリーズはプログラムが冊子になっていて、今回も25000字を超える。(参考文献リストを載せる)ここでは終わりにを転載しておくが、興味のある人は手にとっていただけると嬉しい。


8. 終わりに(2021年8月22日・2021年11月5日)


2021年8月22日 福島県双葉


本当だったら4回目の緊急事態宣言が明けるはずだったこの日、しかしそうそうに延長が決まり、目処が立たない。全国での感染者数は22000人を超え、東京だけでも5000人を超える日が続いている。そして検査の数を減らしているせいか陽性率は非常に高くなっている。医療関係者の声は必死だ。でも、それが政治に届いていない気がする。

平和の祭典であるオリンピック、パラリンピックは日本の普通の医療体制の限界を超えて開催するらしい。子供たちの観戦も含めて。通常の学校の授業再開ですら危うい状況の中、命をかけて行うことだろうか。

当たり前のことが当たり前ではなくなってしまったのはいつからだろう。そんなことを思いながら福島の双葉にやってきた。つい3月まで帰宅困難地域であったものの、駅周辺は解除となり、ある意味福島からの復興のために「造られようとしている街」である。

駅から東日本大震災伝承館・原子力災害伝承館、その横の復興祈念公園、産業交流センターまで歩いて30分ほど。きれいな道ができており、しかし通る車も人も少ない。

周辺の家々は荒れ果てたまま。10年前から時が止まったままになっている中、真新しい建物が見えてくる。

オリンピックの聖火リレーが通るために、間に合わせるかの如く用意された「復興」と、全く10年前から変わっておらず、置き去りにされたこの土地と、その両方を如実に表している。町のシンボルとなっていた原子力スローガンの看板は建物の裏にひっそりと置かれていた。原子力の怖さを一番よく知る人たちがここで少しでもと口伝するが、その人たちもまたこの土地では暮らせず、隣町からやってくる。

通りかかった放射能測定器の値は1.23μSv/h。20m離れた先は除染した土などを埋める中間貯蔵施設のエリアで入れなかったりするような場所なので当たり前と言えば当たり前だが、ここではそれが10年続いており、日常と化している。その土地の人の話を聞くと、当たり前ではない日常を送っている自分たちのことが、他の地域や世界に忘れ去られていくような不安を感じているようだった。

街はきれいになるかもしれない。でもそれは表向きをきれいにしただけで、何もなくなっていない。デブリも汚染水も何も解決していない。大量の汚染土もとりあえず「中間貯蔵として」埋めるけれどでも、その後どこへと言うのは決まっていない。この街の人は誰も責めることができず、そしていなくなった。

復興が表向きのきれいさを指すのであれば10年でここまで変わりましたと言えるかもしれない。しかし、人のつながりを失い、暮らしを失った人たちが戻ってくるのは難しいだろう。あくまで、土木系のインフラのための仕事としてくる人が来るだけで、それだけのことだ。

この状況を抱えて10年が経過し、そして全く関係のないところでオリンピックという祝祭は続いている。祝うの前に、まず、この現状をみよう。この国はそんなに浮かれている暇はない。この土地の人々に謝ろう。突然に非日常が日常となってしまったことをちゃんと受け止めるところから始めなければいけないのではないだろうか。


この国の政治の形は責任を取らない。なので、適当にすり抜けて逃げ切るということが当たり前に行われてきた。お金の問題だけではなく、安全に生きるという生存権すら危うくなってきている中、ちゃんと物事を見る目を持てるようになりたいと私はやはり考えている。


一方で、そういう難しいことは置いておいて、感覚で生きるそんな世代が生まれているという事も感じる。大きい力にとりあえず寄り添っておいた方が楽だと考える流れが確実にある。そんな当たり前を疑うところが学問の始まりであるにもかかわらず。




2021年11月5日 東京都港区


プログラムの写真及び終演時の映像は360度カメラを用いて双葉町東日本大震災伝承館の傍らで823日の出の時刻に撮影したものを選ぶことにした。生憎の雨で、水滴が涙のように映り込んでしまった。私たちがああだ、こうだと努力をしても、いつの日か世界は無に帰す。真っ暗闇に突入していくその中で、それでもまた新しい星が生まれていくものだということを信じずにはいられない。




なお、レビューがウェブにて紹介されました。

タイトルが気になって、木野彩子のレクチャーパフォーマンス『ダンスハ體育ナリ?』 其ノ三を観にいく。ダンスが体育に組み込まれたところから始まって、彼女のレクチャーは前回の東京オリンピックや大阪万国博、今回の東京オリンピック、パラリ ンピックと続いていくのだが、実際に鳥取大学で教える木野の話術やチャーミング な声の力もあって、説得力に満ち、終始頷きながら聞き入っていった。だからだろう、 後半、私たちは唐突にも、広大な宇宙への旅へと連れ出されていくのだが、それも 自然な流れとして素直に受け止めることができた。新型コロナウイルス感染症パン デミックに翻弄される私。138 億年もの時空に広がった宇宙。オンライン上には存 在し得ない、このちっぽけな、しかし確かに実在する私という身体。今、目の前で 踊リ始める木野彩子という身体。思わず、自分の肩をまさぐってしまった。 毎年、こんなふうに新しい風を送り込んでくる Dance New Air という試みに、 この夜、私は深く感謝した。

芦沢 高志 / アートディレクター、都市・地域計画家

-----------------------------------------------------------------

多角的な視点から、ダンス、オリンピック、身体、宇宙、生と死を、ユーモア交え つつ豊富な映像資料でレクチャーしているところからするっと抜けて踊り出す木野さんは、観客を自然に論理と想像の世界を行ったり来たりさせる。 プラネタリウムに投影される星が溢れる果てしない宇宙と、何もない地平線で踊る 彼女の細い肢体の対比に、宮沢賢治の ” まづもろともにかがやく宇宙の微塵となり て 無方の空にちらばらう ” の言葉が巡り、私達は地球上にいる多様な生物の一つ にしか過ぎず、素粒子に戻れば全ては同じもので、互いに影響を与え合ってこの宇 宙を成していることを愛しく感じさせてくれました。

湯浅 永麻 / 振付家・ダンサー 











2016年10月9日日曜日

Mobiusシカゴ プログラムノーツ

Mobiusの元々のコンセプトとして円形から四角い劇場へといかに変化していくかという考え方があり、鳥取のプログラムノーツにはそのように記載されています。またEdgeを上演する予定でした。
が、様々な諸事情により、今回はまた新しい作品として以下のような形で上演しました。
A5サイズの印刷で半分に折っているため、このようになっています。
作ってくれたのはCMCのKayさん。優秀なマネージャーさんですが、もともとはCMCで踊っていたそうです。(その当時の写真がスタジオに飾ってあります)ありがとうございます!







2016年9月12日月曜日

Mobius 東京 プログラムノーツ

東京編
求道会館
創立者近角常観が浄土真宗の信仰に基づき、仏教によって結ばれる人々の交流を願い建設した教会堂。優れた歴史的建造物として東京都の指定有形文化財になっている。http://www.kyudo-kaikan.org
1階の講堂、2階のアーチ型回廊の両方を用いて作品を展開し、シカゴ公演へとつなぎます。原型となる”En attendant,,,,,”(2015,木野彩子ソロ),CMCレジデントアーティスト加藤文子によるダンス作品も合わせての公演。
出演: Chicago Moving Company
    森重靖宗(チェロ),
    横山祐太(トランペット),
    木野彩子
照明:加藤泉
映像撮影:中川泰伸
協力;吉福敦子、蔀健、日本基督教団巣鴨教会
鳥取編映像:佐々木友輔(鳥取大学地域学部附属芸術文化センター)
日時:2016.9.2 7:30PM(開場は開演の15分前)
場所:東京都文京区本郷6丁目205号(本郷3丁目駅徒歩7分)
料金:3000円(学生2500,当日500円増)
主催:Chicago Moving Company/木野彩子
supported by MacArthur Foundation(マッカーサー財団国際交流基金)、芸術文化振興基金 

此岸より
 blue fish -reveal-
  (シカゴ市文化庁助成2017春初演予定blue fishより抜粋)
  振付・出演加藤文子
音楽: Christian Walfarth, György Ligeti
blue fish。深海に住むその存在さえ未知の魚。福島の原発事故から5年。原発再稼働、2020年東京オリンピック、憲法改正案。経済成長の為に続く自然破壊と命の犠牲。人もまた自然。こころとからだはどこまでバランスが保てるだろう。転換をもたらす動きのチカラを信じて。
彼岸より
 En attendante,,,,,2015
構成、出演:木野彩子
楽曲提供:上地正彦(Amanogawaのテーマ)
Freistil( Berlin Tantz fabrik)、カトルカール(東京セッションハウス)で上演した作品をMobiusの原型ということで再構成しました。構成上森重靖宗(チェロ)に出演いただきます。
 Mobius
 2階:HOSPITALEの部屋の記憶を辿るということ。(音楽構成:森重靖宗)
  個室:加藤文子
  図書室:レイチェル バンディング
  地球儀のある部屋:カーラ ベルトゥチェンコ
  配膳室:ジェシー ヤング
  滑車のある部屋:プレシャス ジェニングス
  地から呼ぶ声:横山祐太(トランペット)

1階:Mobius ここにはない彼方の世界

Mobius 鳥取 プログラムノーツ

Mobius
 Dance and Music series
 collaboration betweenChicago Moving company and 木野彩子 

HOSPITALE 鳥取
2016.8.27/28 6:30PM

求道会館 東京
2016.9.2 7:30PM

Hamlin Park Theater シカゴ 
2016.9.22/23 
ごあいさつ
 私は踊る時に何者かに動かされていると感じてきました。それが音楽の時もあればその場所の持つ雰囲気であったりもし、おそらく人によってはそれを神といい、私の中のもう一人の自分といい、私は常にそんななにものかとともに生きてきました。
 演劇が人との対話と言葉の力により社会とは何かを生み出していく作業であるならば、ダンスはそのような感じ取ってしまったなにものかを表していく、そんなものです。目に見えない、言葉にならない何かを私はずっと見つめています。

 メビウスの帯(輪、Möbius strip)はドイツ人のアウグスト・フェルディナント・メビウスが思いついた一回転ねじってある帯です。ご存知の通り永久に続く円運動です。フランス人のチェリストHugues Vincentとのトライアルで、彼のアルバムメビウスの鳥から名付けられました。(なお、そのアルバムで共演している鉢屋真紀さんとも作品を作ることになっています)四谷3丁目の小さな喫茶店から始まった音楽とダンスの関係性を探るこのシリーズは上地正彦(ピアノ、バスクラリネット)、中沢れい(ダンス)などを巻き込み、これまでフランス、ドイツ、札幌など転々と移動しながらパフォーマンスをしてきました。音楽家だけが音を出しているわけではない。ダンサーの声や足音や、衣装の擦れる音もまた音楽だ。ダンサーだけが踊っているわけではない。音楽家もまたそこに存在し時には動くこともある。そして相互に影響を与え合っている。ニーチェが指摘するまでもなく、音楽とダンスの関係性はおそらく永遠に切っても切れない縁と言えることでしょう。交わらないからこそ永遠に続く。メビウスの表と裏は追いかけあっても決して出会うことがないようにこのDance and Musicはずっと考え続けていくのだと思います。

 さて、この企画書を書いて提出し、一安心した頃、気がつきました。Mobiusと書いていることに。点々がない。Möbius stripはドイツ語でした(Huguesはベルリン在住なのです)。永遠回帰しそびれたこの帯はどこにつながっているのか。鳥取、東京、シカゴと3つの会場の場所の力を借りながら、メビウスの輪のおそらく真ん中に向かって覗き込んでみます。石炭袋の中のような真っ黒の闇に向かって、おーいと呼び続けるそれもまたダンスなのです。

 ダンスの見方に答えなどありません。
 思いついたことを感じたことをそのまま受けとめて、もしできれば私に聞かせてください。その言葉がもしかしたらこの帯の謎をとく鍵になるかもしれません。


木野彩子
 

鳥取編
HOSPITALEプロジェクト
鳥取市中心地にある横田病院跡地をアートギャラリーとして活用、展覧会、パフォーマンス、ワークショップなどを開催している。

 病院内の小部屋を移動しながら見ていきます。ワークインプログレスとしての公演。(東京、シカゴ公演の原型となります)

 出演: Chicago Moving Company,
やぶくみこ(パーカッション),
森重靖宗(チェロ),
横山祐太(トランペット),
 構成、照明デザイン:木野彩子
 映像撮影:佐々木友輔(鳥取大学地域学部附属芸術文化センター)
 写真記録:田中良子
 協力:赤井あずみ、藤木美里(HOSPITALEプロジェクト)

 日時:2016.8.27/28 6:30PM(開場開演同時刻)
 場所:鳥取県鳥取市栄町403(鳥取駅徒歩7分)
 料金:1500円(当日2000円)

関連企画 
アメリカとシカゴのダンス事情について聞くトークイベントを開催。
2016.8.24 7:00PM場所:HOSPITALE













東京編
求道会館
創立者近角常観が浄土真宗の信仰に基づき、仏教によって結ばれる人々の交流を願い建設した教会堂。優れた歴史的建造物として東京都の指定有形文化財になっている。
1階の講堂、2階のアーチ型回廊の両方を用いて作品を展開し、シカゴ公演へとつなぎます。原型となる”En attendant,,,,,”(2015,木野彩子ソロ),シカゴ在住のCMCレジデントアーティスト加藤文子によるダンス作品”Blue Fish”も合わせての公演。
 出演: Chicago Moving Company
    森重靖宗(チェロ),
    横山祐太(トランペット),
    木野彩子
 照明:加藤泉
 楽曲提供:上地正彦「Amanogawaのテーマ」
 映像撮影:中川泰伸
 協力:蔀健、日本基督教団巣鴨教会、
  日時:2016.9.2 7:30PM(開場は開演の15分前)
  場所:東京都文京区本郷6丁目20番5号 求道会館(本郷3丁目駅徒歩7分)
  料金:3000円(学生2500円,当日500円増)

シカゴ(アメリカ)編
 円形、半円形と変化をしながら最終的には劇場にての公演を行う。木野の代表作となる”Edge”(2003,2010),CMCダンサーによるダンス作品も合わせて3作品の公演。木野にとって初のアメリカ公演。
 出演:Chicago Moving Company
    やぶくみこ(パーカッション)
    横山祐太(トランペット),
    木野彩子
 日時:2016.9.22/23 7:30PM
 場所:Hamlin Park Theater


主催:Chicago Moving Company/木野彩子
共催:鳥取大学地域学属芸術文化センター
   Hospitaleプロジェクト
supported by MacArthur Foundation(マッカーサー財団国際交流基金)
  芸術文化振興基金 





出演者プロフィール
Chicago Moving Company (CMC) 
Karla Beltchenko, Rachel Bunting, Precious Jennings, Ayako Kato, Jessie Young
 今年 43周年を迎えるChicago Moving Company (1972年、前芸術監督ナナ・シャインフラッグにより発足)は、シカゴで最も著名なカンパニーのひとつ。NYタイムズ紙で「大胆、且つ荘厳...桁違いのエネルギー」と評される。その革新的な芸術性とパワフルなパフォーマンスにより、現在までにNational Endowment for the Artsより4度の振付奨励金、Chicago Dance CoalitionLifetime Award, 及び2014年のNew Stages for Dance Award等を受賞。またベルリン、サルバドール(ブラジル)、ウランバートル(モンゴル)等にツアー、シカゴ・シンフォニーとの共演、シカゴ大学オリエンタル・インスティテュート、ロヨラ大学等より委嘱され、コラボレーションを行う。2007年より、モンゴルとの文化交流を芸術評議会、またダンサーを通じ展開。ウランバートルへのツアーを始め、2013年には、モンゴル人ダンサーOdbayar Batsuuriを国際アーティスト・イン・レジデンスとして受け入れた。2013年、CMCは年間を通じ様々な40周年記念イベントを実施し、国内外の著名なカンパニーがプロデュースされるDance Center Columbia College のシーズンにて記念公演を行う。今回の木野彩子との交換は、2016MacArthur Foundation International Connections Fund (マッカーサー財団国際交流基金)の受賞によって実現。本作品は、新芸術監督カーラ・ベルチェンコ率いるCMC初の国際委嘱作品となる。1995年以来、CMCはアーツ・パートナー・イン・レジデンスとしてHamlin Park Theaterにて活動を続け、地域貢献を目標としたダンス施設として、たゆみない発展を続けている。

カーラ・ベルトチェンコ Karla Beltchenko

舞踊家、振付家。Chicago Moving Company芸術監督。2010年よりChicago Moving Companyメンバー。2015年英国ロンドンにて、Trinity Laban Conservatoryより芸術学修士を取得。米国、イギリス、イタリアにて作品を発表。ダンスビデオ作品に傾倒し、実験的スタイルにて作品を発表。NET (Network of Ensemble Theatres)の主催によりシカゴ現代美術館、シカゴ・コロンビア大学において行われたMovement Exploration in the Cinematic Mediumにてプレゼンテーションを行う。


レイチェル・バンティング Rachel Bunting
舞踊家・振付家。2002年よりChicago Moving Companyメンバー。シカゴ・コロンビア大学演劇学科講師。フェルデンクライス認定講師。2004年よりダンスカンパニーThe Humans芸術監督。イメージの世界を現実として動きで顕す独特の作品世界はMagic Realismと高く評される。Movement Researchジュッドソン教会パフォーマンス(ニューヨーク)、ニューヨークThe Joyce Theater、The Dance Center Columbia College Chicago主催A.W.A.R.D.Show!等にて作品を発表。2011年Chicago Dancemakers Forum ラボ・アーティスト・アワード受賞。2004年よりChicago Moving Company Hamlin Park Fieldhouse劇場アーティスト・イン・レジデンス。

プレシャス・ジェニングス Precious Jennings

アイオワ州出身。舞踊家・振付家。2009年よりChicago Moving Companyメンバー。シカゴ・コロンビア大学演劇学科講師。ヨガ講師。マッサージセラピスト。2004年よりThe Humansと、またニューヨーク在住のK.J.Holmes、シカゴにて加藤文子、Julia Rae Antonick等とダンサーとしてコラボレーションを行う。2015年、Links Hall LinkUPアーティスト・イン・レジデンスを受賞。近年、Body-Mind Centering (tm) や、演劇の Lucid Body(ルーシッド・ボディ) Technique、及び Grotowski (グロトフスキ)に基づく手法を取り入れ、ヴォーカル、演劇身体表現、解剖学の知識を発展させたダンス作品の制作に取り組んでいる。

ジェシー・ヤング Jessie Young

舞踊家、振付家。写真家。イリノイ大学アバナ・シャンペーン校ダンス学科芸術学修士。写真、ビデオの手法を取り入れ、アスレチックな作品づくりを行う。現在までにFringeArts (フィラデルフィア), The Current Sessions (ニューヨーク), Festival International de Teatro Susana Alexander (メキシコ), Fleet Moves Dance Festival (マサチューセッツ州ケープ・コッド), The Domestic Performance Agency (ニューヨーク) 等にて作品を発表。 ダンサーとして、11を超えるカンパニーと米国内外で公演を行う。jessie-young.com

加藤文子 Ayako Kato

舞踊家、振付家。キュレーター。1998年よりAyako Kato/Art Union Humanscape芸術監督。ミシガン大学ダンス学科芸術学修士。現在、米国シカゴ在住。人間の心身に内在する自然、自己と他者の重力の感得に着目し目に見えない物を動き・舞踊を通し顕す。現在までに振付40作品を創作。50を超える音楽家との即興コラボレーションは100回を超え、米国、日本、ヨーロッパにて発表。その舞踊作品は、NYタイムズ、シカゴ・トリビューン紙等にて高い評価を受けていいる。2010年よりChicago Moving Company Hamlin Park Fieldhouse劇場アーティスト・イン・レジデンス。www.artunionhumanscape.net



森重靖宗(チェロ)www.mori-shige.com(鳥取・東京)
チェロ奏者、即興演奏家。東京在住国内外の数多くの音楽家や舞踏家等と共演。アコースティック楽器の可能性を広げて奏でられるその様々な音響は、繊細かつ豊かで独特である。時に自作曲のチェロによる弾き語りや、ピアノを使った演奏なども行う。灰野敬二率いるバンド「不失者」ではエレキベースを演奏。

横山祐太(トランペット)(鳥取・東京・シカゴ)
  トランペット奏者。即興演奏を主体に札幌にて活動中。ヨーロッパ、アジアなど、国内外のミュージシャンとライブやツアーを行う。音楽家以外にもダンサーや舞踏家との共演も多く、田仲ハル、小山彰太等と共演。

やぶくみこ(パーカッション)http://mukubaynooto.jimdo.com (鳥取・シカゴ)
  打楽器奏者/作曲家、岸和田生まれ京都在住。ジャワガムラン、ダルブッカ、瓦などのを演奏する。演劇やダンスとのコラボレーションや環境と対話する即興音楽を中心 に活動中。淡路島にて瓦の音楽プロジェクト進行中。京都のガムラングループスカル・グンディス主宰。


木野彩子(振付・構成)http://saikokino.jimdo.com 
  札幌生まれ。幼少よりモダンダンスを始める。お茶の水女子大学にて舞踊教育学を専攻。卒業後は牧野京子のもとで学び、ソロを中心に自らの身体と向かい合った作品作りを行う。”Edge”Yokohama solo duo competition2003横浜市芸術文化振興財団賞を受賞。以降日韓ダンスコンタクト、ネクストウェーブダンスなど横浜、東京、ソウルで作品発表を行なう。 2004年より文化庁在外派遣研修員としてパリで研修、2005年よりロンドンにてRussell Maliphant Companyのダンサーとして活動。 The Place Prize 2008のコミッションをうけて制作した作品”IchI”は好評をえた。2009年より神奈川と札幌を拠点に日本での活動をはじめる。川崎市アートセンタークリエイションサポート事業対象アーティストとしてワークショップとダイアログから映像を制作するAMANOGAWAプロジェクトをたちあげ、現在も全国各地へ運ぶべく活動を続けている。

指導者として大学短大で身体表現教育に携わる他、子育て世代及びシニア向けワークショップ、中高生向けワークショップを展開、ダンスを一般へと広める活動を行っている。静岡舞台芸術センター(SPAC)のSPAC enfantプロジェクトタカセの夢””Angels”2010年よりカメルーン人振付家メルランニヤカムの振付アシスタントとして参加している。

2016年より鳥取大学芸術文化センター講師。

Dance Archive Project 2016 ダンスハ體育ナリ プログラムノーツ

Dance Archive Project 2016 ダンスハ體育ナリ
2016.2.11 14:00 start・2.14 14:30 start
BankART studio NYK 3C ギャラリー
構成:木野彩子
出演:林洋子、木野彩子
舞台監督:橋本慶之
照明:久津美太地
音響:國府田典明
主催:ダンスアーカイヴ構想
提携:国際舞台芸術ミーティングin 横浜 2016
協力:大野一雄舞踏研究所、有限会社かんた、お茶の水女子大学図書館、お茶の水女子大学歴史資料室・デジタルアーカイヴ、筑波大学人間総合科学研究科の皆様、白井麻子、古橋良文、蔀健、畠山奈緒子、John Ashford



ごあいさつ
 母校のそばの教会で作品作りをしたのがきっかけで、母校のそばの学校に再び通うようになって2年ほど。様々なスポーツの話を聞き続けてきた。
 今日この作品を見に来た私の友人、ダンス関係者はダンスを芸術だと思っているかもしれない。でもここには体育の一種目として捉える価値観がある。さらには今年の体育学会のアンケートでは「スポーツ(ダンスを含む)」と表記されていたという。そうか、ダンスはスポーツなのか。
あれ?
 茗荷谷駅のそば、通りを隔ててある二つの母校の歴史を追っていくとダンスと体育の歴史が見えてくる。その歴史は私自身が歩んできた道でもある。保健体育教師からダンサー、振付家へ。ずっと違和感を感じながらごまかしごまかし過ごしてきた部分でもある。学校で必要とされるダンスは私の考えているダンスと違うらしいと長く感じていた。
 大野一雄さんも長く体育教師を務めていた。そもそも女子校に赴任しなければダンスを習おうとは思わなかっただろうと聞く。体育であったからこそ、体操教師だった大野さんはダンスに出会った。大野さんの力を借りて体育であるその必然性について、両方の立場から見てみよう。

 体育の歴史を追ってみると、オリンピックがあるごとにスポーツ色が強くなることがわかる。昭和40年ごろ体育学会では舞踊と体育教育についてのシンポジウムが多数ひらかれていた。例えば木下(昭和40)は「もしダンスを芸術的視点から教材として主張するのであれば、時間不足に悩む体育が芸術にまで手を広げる余裕などあるはずがない」という。しかしダンスは初期の頃からあり、しかも当時からスポーツとは明確に区分けされていた。発生から違ったのである。昨年10月にスポーツ庁ができ、体育がその管轄に入ることになった。気がつけばスポーツの中に取り込まれてしまうのかもしれない。(一応現在はカッコ書きにしてくれているあたり、ダンスへの配慮が見られる)そんな中、今一度そもそもダンス教育とは一体なんだろうかと考えて見る必要があるのではないか。ダンスはすでに女子だけのものではなくなっている。であるとすれば今の時代にあったダンス教育のあり方を考えるべき時に来ているのではないだろうか。ダンスに関わるみなさんはどのように思いますか?

 母校の中にあるピラミッドのヘリ、Edgeを歩いてきた。その歴史は長い間コンプレックスでもあり、林さんとの対話から多くのことを思い出した。でもそれゆえに作品を作り続けることができたし、それが個性となった。その本流の歴史を見直すことは20年近くが経過した今、外にいるからこそできることでもある。不勉強ではあるものの、一表現者として論文ではなく発表することを試みる。
 ダンスもスポーツも社会に利用されつつ発展してきた。知らず知らずに影響を受けてしまうものだからこそ、知る必要がある。踊る上で大切なことは当事者として感じ、考えること。現代はそんなにファンタジーじゃないし、カッコつけてる場合じゃない。今、必要なことを考えるためのダンス。それを私は作りたいと思う。





用語解説
1.体育の3分類
 現在スポーツ、体操、ダンスの3つを合わせて体育と呼ぶ。
 カイヨワの遊びの4分類におけるアゴン(競争)の原理をもとにしたスポーツ、体を作るための運動である体操、そしてミミクリ(模倣)とイリンクス(眩暈)を基としたダンス。レクチャー内でも出てくるが、ダンスとスポーツでは発生の形が全く異なっており、これは体育の導入時から完全に区分けされている。
      
表:カイヨワの示す遊びの4分類(多田(1990,p359)を元に筆者改変) 

2.ダンスの日本語訳
 今回ダンスに統一して用いられているが、舞踊は明治10年頃より使われるようになった。なお、舞踏は平安時代から用いられている言葉であるという。
  • 舞踊 (DANCE)
  • 舞踏(BUTO)第一義には「西洋音楽に合わせた西洋風の踊り」とかかれる
  • 暗黒舞踏(BUTO)土方巽、大野一雄を中心として1960年代に起こった前衛舞台芸術の一種。

3.現在教えられているダンスの内容
 平成20年の学習指導要領改正の際に中学校におけるダンスが必修となり、各学校の判断でダンス授業を行うことになった。ダンスの種類は現代的なリズムのダンス、フォークダンス、創作ダンスであるが、そのいずれか、あるいは複数を合わせるなどの具体的な内容は各学校の判断に委ねられている。文部科学省ホームページにはダンス授業のリーフレットが公開されている。

 4. 当時の体育の分類
pastedGraphic.png


5. 筑波大学とお茶の水女子大学
 茗荷谷駅すぐにあり、通りを隔てて2つの学校は並んである。筑波大学は旧称を師範学校、東京師範学校、東京教育大学といい、現在も茗荷谷地区に付属学校とサテライトキャンパスがある。つくば地区にある本校には120名を超える体育系教員がおり特に体育に力を入れていることで知られる。なお、筑波大創始者嘉納治五郎は講道館柔道を創設、オリンピック招致にも貢献した。彼が考案した「精力善用国民体育」には攻防式(俗に言う柔道の組手のようなもの)と表現式の2つがあり、「舞踊のような」と記しているが、形にすることはできなかったという。彼がどのようなものを作ろうとしていたのかは分かっておらず、ただ五の型の後半3演目は近いという。
 お茶の水女子大学は師範学校女子部、東京女子師範学校、東京女子高等師範学校に由来する。私の卒業した舞踊教育学科は定員が15名と少なく(私の学年は20人であったが)、舞踊経験者とは限らない多種多様な人材が集まっていた。なお、私は水村研究室(運動学)で卒論を書いており「音楽が主観的運動強度に及ぼす影響」というタイトルで、ダンスではなかった。
 今回お茶の水女子大学図書館の所蔵本の展示「女子体育の前奏曲(プレリュード) お茶大創立140周年記念展示」を見つけ、ご協力いただいた。いずれも各学校に所蔵されているもののため、卒業生などは利用できる。また、資料の多くは同校のデジタルアーカイブスに所蔵されているものであり、ネットで見ることができる。展示本のリストは下記参照。



pastedGraphic_1.png

6. アーティスト派遣事業
 現在横浜市では「芸術文化教育プラットフォーム事業」が行われている。ダンスに限らずアーティスト(美術、音楽、演劇、伝統芸能、ダンス)が小学校に派遣され、授業展開を行う。これまでも文化庁の事業として行われてきたほか、芸術家と子どもたち(東京)など同様の事業が行われているが、自治体主導でこのように大きな規模で行われているのは全国に先駆けてのことである。
 この事業と同様のものがイギリスにCreative Partnership事業としてあり、コミュニティダンスの広がりに大きく貢献した。(なお、私の修論ではこの事業が政権交代のあおりを受け、突然亡くなってしまったことを取り上げている。)

7. 今回取り上げたダンスについて
1ちょうちょ
 当時はピアノなどが一般になく、当然蓄音機などもない。そのため多くの遊戯は歌を歌いながら行われていた。今回は動きやすいよう林さんに伴奏をお願いした。
2瑞典式体操
 井口阿くりによる導入後男子の体操にも取り上げられたため、多くの資料が残っている。レクチャー内にあったようにどこの体育館にもある肋木はこのために用意されているもののほか、綱を用いてぶら下がる等、アクロバティックな運動も含まれている。
 今回使用した図は実際にこのように記載されており、しかも番号をほとんど入れ替えず使用している(一部動きが間に合わないなどの理由から省いたり、入れ替えているところがある)。これらの資料の多くは国会図書館デジタルライブラリーにて入手可能。なお、筑波大学がスェーデン体操を復刻したというwebニュースを発見し問い合わせたが、返信がこず確認できていない。
3ラジオ体操
 現在行われているラジオ体操は3代目。今回ご紹介したのは2代目ラジオ体操第2である。第2は特に難解で、音楽もワルツであったことからあまり評判が良くなかった様子である。なお、2代目のラジオ体操第1は日本女子体育指導者連盟(おそらく現在の女子体育連盟)、第3は日本体操協会が作成している。2代目ラジオ体操第3については昨年龍谷大学の安西先生が復刻、かくれたブームとなっており、DVDなども販売されている。運動量も高い。
 今回の復刻に関しては「新しい朝がきたーラジオ体操の歩み50年」(簡易保険加入者協会、昭和54)を参考に行った。音楽は昭和46年当時のSP版をCDに再録音したものを使用している。
4ファウスト(FAUST)
 レクチャー内で触れたように現在も幾つかの女子校で継承されている。今回復刻にあたり井口の直接の弟子であった高橋キャウの「行進遊戯」(1929)に始めての記述がある(片岡)ということから、その言葉書きをもとに振りを起こしている。長年の間に様々に変容し、高橋版とは異なる記述も多くある。一つではないことを確認しておきたい。
 また、実際の女学校用にアレンジされた当時の音楽を国会図書館内で聞くと、(歴史的音源、1946年版)よりスローテンポになっている(5分程度)ことがわかる。現在多くの学校で使われているものは10分ほどということなので、またこれも異なるものと考えられた。できるだけ古く、近い感じのものをということで今回はyou tube上にある音源を使用させていただいた。各校に残るファウストについては輿水はる海らが調査している。

8. 大野一雄略歴(大野一雄研究所HPより)
 大野一雄は1906年10月27日、函館の弁天町に生まれた。生家は北洋を漁場にする網元で、父はロシア語を話し、冬はカムチャッカまで漁に出た。母は西洋料理を得意とし、琴は六段の名手、オルガンも弾いた。母の弾くオルガンで兄弟たちは「庭の千草」を歌ったという。中学に入り、まもなく一雄は母方の秋田の親戚白石家にあずけられる。白石家には子供がいなかった。一雄は旧制大館中学では、陸上部に所属、400メートルの秋田県記録を更新した。
 1926年、日本体育会体操学校(現日本体育大学)に入学。在学中、貧乏学生だった一雄は、寄宿舎の寮長に伴われ、帝国劇場の三階席からラ・アルヘンチーナの公演を観た。アルヘンチーナは、「カスタネットの女王」とも呼ばれ、詩人ロルカも絶賛した20世紀のスペイン舞踊の革新者であった。一雄は、アルヘンチーナの舞踊に深い感銘を受けた。体操学校を卒業し、横浜のミッションスクール関東学院に体育教師として赴任する。大野一雄が踊りを始めた直接のきっかけは、その後捜真女学校に転任となったとき、体育の科目でダンスを教えなければならなくなったからだった。そこで、1933年に石井漠の門を叩き、さらに1936年には江口隆哉、宮操子の研究所に入った。しかし1938年に召集を受け、戦中の九年間は、中国、ニューギニアで従軍した。
 大野一雄の第一回現代舞踊公演は、1949年、東京の神田共立講堂で行われた。このとき43歳、これが最初のリサイタルだった。ニューギニアのマノクワリで終戦となり、1年間の捕虜生活のあと復員し、すぐに舞踊家としての活動を再開した。「クラゲの踊り」という踊りを50年代の公演のときに踊っている。ニューギニアから帰る航海の船上で、栄養失調や病気で亡くなったひとたちを水葬して見送った体験から、そのときの海に浮かぶクラゲの踊りを踊りたかったのだという。
 50年代の終わりに、土方巽と出会い、大野の踊りは大きな転機を迎える。二人の出会いは、「舞踏」、海外でも「BUTOH」として知られるスタイルを創造した。西洋の影響を強く受けたモダンダンスから、日本人の内面的な問題を扱う身体表現への転換であった。大野一雄がソロで踊り、土方巽が演出した「ラ・アルヘンチーナ頌」は、1977年に初演された。この作品は大野自身の代表作であり、また舞踏の代表作でもある。
 1980年に、フランスのナンシー国際演劇祭に招かれ、大野一雄は「ラ・アルヘンチーナ頌」を踊る。大野の独創的な表現は西欧の同時代の芸術家たちに衝撃をもって受け入れられることになった。これははじめての海外公演だったが、このあと、大野の70歳代、80歳代の活動は欧州、北米、中南米、アジア各国に広がり、また、世界中から多くの研究生が大野の稽古場に集まって来た。90歳を越えてなお第一線での活動は続いた。最後の海外公演は、1999年12月ニューヨーク、「20世紀への鎮魂」である。しかしこの年、目を患い、体力の衰えも顕著になった。そんな中、老いをダンスの糧とするかのように、大野一雄の踊りは続いている。一人で立って歩くことが出来なくなると、支えられて踊った。支えられても立てないときは、座ったまま踊った。足が不自由になると手だけで踊った。頭がもやもやするとひとりいざって、人はその背中を見て感動した。
 踊るとき、輝きを放つ存在になる。普通の老人が、人に力を与える存在に変貌する。そのような繰り返される事実が、大野一雄に対する関心を支えている。長く生きて、人を感動させる。大野一雄は、人間の可能性を拡げた芸術家だ。

9. 出演者プロフィール
林洋子:
神奈川県生まれ。お茶の水女子大学舞踊教育学科卒業。
クラシックバレエを深沢和子、モダンダンスを吉沢恵に師事。2001年頃からソロ活動を本格的にスタート。群舞、ソロの振付を行うほか、自らもダンサーとしてステージに上がる。2006年横浜ダンスコレクションR横浜ソロデュオグループ部門に選出。現在は2児の母であるが、ダンサー生活と子育て生活のあまりのギャップに心身の疲れを感じ、癒されたいという思いから、ヨガと出会う。 2013年11月に全米ヨガアライアンス認定校・リラヨガインスティチュートにて200時間ティーチャートレーニングコースを修了。現在はヨガの学びを生活に取り入れながら、子育てと、DANCE&YOGA Boothのバレエ講師、Art Life YOGAのヨガ講師などをしている。
木野彩子:
札幌生まれ。幼少より能藤玲子創作舞踊研究所にてモダンダンスを始める(邦正美系)。小学生の頃誕生日のプレゼントとして大野一雄の「死海—ウインナーワルツと幽霊」(赤レンガホール、札幌)を見る。お茶の水女子大学舞踊教育学科卒業(水村真由美研究室)、在学中から牧野京子(江口隆哉系)に師事しつつ、山崎広太、松山善弘・典子、厚木凡人、野村萬斎など多くの人に影響を受ける。大学卒業後中学高校の非常勤講師として保健体育を担当し、体育の中のダンスを模索する。横浜ソロデュオコンペティション2003で財団賞を受賞後、文化庁在研で渡仏(2004)、その間に出会ったRussell Maliphantの作品に参加するべく渡英、”Transmission “と“Cast no Shadow”に出演、その間に振付家として、日英仏韓と公演を行う。Russell companyの経営不振(作品の不成功及び教育授業を一切行わない方針であったことに基づく。英国の助成システムの大幅変更も影響している)に伴い、イギリスに振付家といるとしてもコミュニティワークは不可欠であり、だとすれば日本でできることができないかと思い帰国を決める(2009)。帰国後1年に2作(小作品や即興のセッションを除く)ほどのペースで作品を制作、自らの生活をもとに問いかけるセミドキュメンタリーの手法を用い、言葉で語り踊るようになる。これは自身の高校時代の演劇経験に基づく。2010年からは静岡舞台芸術センター(SPAC)のこども事業SPAC ENFANTにメルランニヤカムの振付アシスタントとして参加。現在筑波大学人間総合科学研究科スポーツプロモーションコース(修士)2年。今春より鳥取大学芸術文化センターに入る予定。教育とは見守ること。そして自身の背中を見せていくこと。このような生き方も成り立つと切り開いてみせること。
生きることが全てダンスとなりつつある最近。

9. Special Thanks
 林さんは木野作品を踊ったことがある数少ないダンサーです。2児の母であり、現在はヨガを教えるなどの活動を継続しており、超多忙な中今回快く引き受けてくれたことを感謝します。今回の企画は私自身が過ごしてきた大学時代、体育教育を振り返るものであり、身近にいた存在が必要不可欠でした。
 筑波大スポーツプロモーションコースの皆様、先生方、お茶の水女子大学の先生方、おそらくへりを歩いている不思議な存在だと思うのですが、容認してくださり、ありがとうございます。今回様々な方にアンケート「あなたにとってダンスとはなんですか?」をとりましたが、最終的に使用できなくなってしまい、お詫び申し上げます。しかしながらそこでお聞かせいただいた話は作品の随所に含まれています。
 今回は多くの先駆者たちの文献、書籍に助けられました。また大野一雄さんに関連した資料を快くお貸しくださった溝端さん、美奈さんに感謝いたします。まさかここまで自分の生き方にリンクする作品になるとは思っていませんでした。私自身が知り、発見していくために私は作品を作っていくのだと思います。