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2021年10月5日火曜日

鎮

 このコロナ下ではあるものの、何度か温泉寺に通い、住職にお話をお聞かせいただいたり、祈祷を見させていただきました。毎日繰り返し続ける祈祷は仏様のようにありたいと思い、あれないということを思いつつも少しでも自身を高めていく行為であり、この世のために祈り続けるその姿は舞踊のように美しいと思われました。

毎日同じことを繰り返すので、と言いながら、経本はほとんどみない。毎日繰り返すバーレッスンやストレッチ、身に染み付いた振付に似ています。一方で、それはみられるから行うというものでもなく、見る人がいようといまいと、日々の糧としてただ続いていくだけのことなのです。

コロナウィルス は確かに人命を脅かすものかもしれません。この豊岡でも演劇祭が中止になったり、観光地である城崎温泉も厳しい状況であることが感じらます(鳥取でも同様です)。しかしウィルスもまた生命であり、そこに存在するものであるならば、ある種の必然であったのではないかと最近考えるようになりました。多くの天変地異や温暖化も含め、今の私たちの暮らし方そのものを少しずつ変化させていかねばならないし、今のままではダメだよと仏さまなのか、自然からなのかメッセージを、私たちは受け取っているのではないでしょうか。

古くから伝わるものにはなんらかの大切なものが含まれています。最小限何を大切にしなければいけないのか、住職の毎日のお勤めはそんなことを考えさせられるきっかけになりました。まずは毎日の暮らしを見直してみましょう。この参道の美しさや、季節による虫の声の変化、道を彩るきのこや苔たちに気がつくようになったのは、このコロナ下になって以降のことです。自然の営みはそんなに変わっていないにも関わらず気がつけていなかったことが見えてくるようになりました。豊岡は(そして私が住む鳥取は)自然が豊かに残っている土地であり、自然によって生かされていると感じることができる場所でもあります。気持ちを鎮め、少し歩みをゆるめてみることで見える景色が変わってくると感じます。

この土地に今このタイミングで生まれついているということ、今日、同じ時を過ごしているということはある種の奇跡であり、幸せなことでもあります。大変な状況ではあるものの、それでもお会いできてよかった。お越しくださった皆さま、ありがとうございました。そうして励まされる営みだからこそ、規模は小さくとも、あるいは形を変えたとしてもパフォーミングアーツは続けていかねばならないと強く思っています。

 

次は33年後でしょうか。私はもういないかもしれません。(残念ながら今回関わってくれたスタッフ、お客様の多くも。)それでも、十一面観音さんは静かに微笑み続けるのでしょう。コロナでも、異常気象でも、様々な天変地異は今後も起こっていくとしても、それもまたこの世の理。

それでも今、この瞬間に感謝して。

2021年9月26日@温泉寺

木野彩子

 

Stuff

照明 三浦あさ子、田中哲哉

記録 田中良子、bozzo

Special Thanks 

小川祐章(温泉寺)








写真:bozzo


2021年4月1日木曜日

鳥取夏至祭2021





ごあいさつ

 2017年からはじまったこの「鳥取夏至祭」は5年目を迎えました。私(木野)が鳥取に赴任し、この街を知っていくのと共に、新たなパフォーマンススペースや出会いを求めて開拓を続け、鳥取県外の友人ダンサー、音楽家が立ち寄る機会となりました。コロナウィルス感染対策もあり、オンラインとオフラインの併用型になって2年目。小さくてもできることをし続けることの大切さを改めて思います。学生たちの1年は短く、今、ここで出会えなかったらもしかしたら一生出会うことはない。だからこそ、継続していかねばねらないのです。

ナイトミュージアムでは昨年行うはずだった企画をやっと実現します。県外のアーティストは来ることができなくなりましたが、その分鳥取の面白い人々に出会いました。普段は普通に学校の先生などお仕事をしている、でも一本筋の通ったアーティストがぽろぽろと出てきました。アートも地産地消。今こそ鳥取でなければできない表現を鳥取から発信していくことが大事なのではないでしょうか。自分の住む場所の良さを発見し、誇りを持つこと。オリンピックやコロナに踊らされることなく、独自の文化を生み出し続けること。いろんな人がそれぞれの立場で意見を述べることができる場所。鳥取はそんな場所になっていくのではないかという予感がします。

一方で、現実社会ではそんな当たり前のことがしにくくなっているとも感じます。時代による変化というのはありますが、少数派の声は後回しにされ、経済効果だけが求められてしまう。芸術の価値は、お金でははかれないものですが、集客数や話題性だけに囚われてしまう傾向があります。国のお金をもらっているのだから国のいうことをいえと言われかねない始末。鳥取夏至祭はもう一度遊ぶところから考え直してみようという試みです。面白おかしい大人達に巻き込まれながら、学生達も一緒に脱線してもいい人生の豊かさを作り出す、そんな試みです。お金の問題じゃない。ほんたうのさいわいとは何か、それを問うための運動体が作られていくことを目指しています。

今年から鳥取夏至祭の実行委員会に個人名を入れました。メンバーやわらべ館の皆さんに支えられるようになり、少し規模が大きくなりました。変な先生だなと思いながら巻き込まれる学生さんも増えてきました。この子達がまた新たな星となり、いろんな人に出会うきっかけになっていくかもしれないと信じています。

これまで参加してくださった皆さん、鳥取を気にしてくださっている皆さん、いつの日か、またこの土地でお会いできる日を楽しみにしています。鳥取夏至祭実行委員会の皆さん、参加者の皆さん、わらべ館の皆さん、いつもありがとうございます。楽しい時を過ごしましょう。たとえこの世の中は真っ暗闇になっても、その記憶が光となる。だからこそ。 

木野彩子


鳥取夏至祭のこれまで

•2017年駅周辺の賑やかなエリア(風紋広場、けやき広場、ヤマネデンキ(現office24)、袋川土手など)

•2018年とりぎん文化会館周辺の文教地区と呼ばれるエリア (とりぎん文化会館中庭、県立博物館、わらべ館、カルマ、真教寺公園など)

•2019年比較的静かな住宅街エリア(樗谿公園、鳥取東照宮、樗谿グランドアパート、Hospitale(旧横田医院)など)

•2020年オンライン・オフライン開催(わらべ館)



鳥取夏至祭2021

コロナウィルスの感染拡大が進行する中、「芸術文化のあゆみを止めてはいけないのではないか」とわらべ館の方と相談し、開催を決定したのが今年の3月。それからできることを模索してきました。多くの都道府県で緊急事態宣言が出される中、アーティストを招くのではなく、鳥取県内のアーティストで行うべく、計画を立て、これまで関わってくれていた県外の皆さんには映像等でサポートしていただく形にしました。また、会議システム Zoom を利用したワークショップや実行委員会を毎週2回程度、定期的に開催し、この企画の運営を行ってきました。

昨年の経験が生かされ、オンラインの表現や可能性の模索に拍車をかける一方、生身の身体の表現の豊かさを改めて感じます。身体から発している波動のようなものはやはりオンライン・映像ではなかなか味わうことができないものです。そのような喜びを噛みしめながら、今年も夏至を迎えます。今回くることができなかった皆さまに愛を込めて。いつか、必ず、またお会いしましょう。


鳥取夏至祭2021HPにてナイトミュージアム の映像を公開しています。7月22日まで。

https://geshisai2021.jimdosite.com


2021年3月1日月曜日

こぶし館3つの光 プログラムノーツ

 今回それぞれがそれぞれにテキスト等を用意しています。

昼の光とたそがれの光は内容が異なり、前者はほぼ行う内容、時間軸、空間の移動経路がフィックスしています。たそがれの光はその部分を膨らませながら、拡張させていて、全ては自らの身体が暗闇に溶け込んでいくその時に向かっての伏線のように張り巡らされています。全てを見れた人は写真の田中さんくらいですが、全てを見たらそれはそれで面白い。

緩やかにその場所でしかできない、その場所のためのパフォーマンス。そしてパフォーマンスがあることでその場所のヒカリや空気、音に気がつくようなインスタレーションとしてのパフォーマンスです。


この手、わたしの顔に触れようと夢みながら、ぼんやりと、何か深い目的にでも従っているのか、この手は待っている、わたしの弱さから涙がひとしずく溶けて流れるのを。

そしてまた、わたしの運命からゆっくりと分かれ出てきた、もっとも純粋なものが敗れた心を黙々と照らし出してくれるのを。手のひらに影を移してみる。触れようとしても影そのものには触れることはできない。

ヴァレリー


昼の光

ある晴れた日

手のひらに影を移してみる。触れようとしても影そのものには触れることはできない。

 

ヒカリのシカクを薬指でなぞってみる。

床に耳をつけてなぞる音を聞いてみる。

 

マドのシカクをなぞってみる。

射し込む光は暖かい。

 

鳥の声が聞こえる。2週間前は鳥たちもいなかったのに、もう春らしい。

窓の外はあんなにも自由なのに。

息をすることすら忘れていた。言葉にならない声が溢れる。

 

この部屋は美しい。

時々刻々と時が流れ、ヒカリのシカクも移動していく。私も立ち上がらなければならない。

 

白い壁はひんやり、つるりとしている。

私の身体に影を移してみる。しかし光がぼやけてしまい像に結びつかない。2重に3重にいる彼方は誰。

30年の間にできた小さな傷を薬指で撫でていく。指先の触感で見なくても辿ることができる。そしてその音をきいてみる。

壁に、床にある傷やしみは一つ一つがそこにいた人の記憶。

この部屋は小さな音で溢れている。

 

丸い星はなぜ一つだけ銀色なのだろう。小さく小さく揺れている。私もまた星の一つとして揺れている。

その飴玉のように甘い毒は私が預かりましょう。

 

誰もいない食卓はそのままあり続けていた。傷を辿っていくとヒカリのシカクにたどり着く。シカクを薬指でなぞってみる。

崩れ落ちる。左肩だけがほんのり暖かい。

ふるさとはとおきにありておもうもの

「おかあさーん」[1]という声が聞こえる。猫のように小さく丸く収まろうとするがはみ出てしまう現実。

束の間の休息、大いなる正午。

 

射し込む光の方へ手を差し伸ばす。目覚めたら手の指がなくなっていた。なぜ私が。誰にでも、いつでも起こり得た。そういうことだった。

ヒカリのシカクをこぶしでなぞるが、怒りにもならない。

誰もいない食卓に一人残され、じっと手を見る。

 

そんなことはなかった。そう信じたい。指があるのであればせめて祈りましょう。窓の外では鳥が鳴き、雲が流れる。「小さな空」[2]を想起させる。

ここには誰もいない。そしてこないだろう彼方を待ち続けている。かれこれ30年。建物の小さなつぶやきは傷の中に、しみの中に積もり重なっていく。

 

おどりとは本来そのような記憶や想いを自身の中に受け取って、あらわれ出させるものでありました。ある種のメディウム(メディアの複数形、巫女)であり、それは特殊な技能ではなく、すべての人が持っていたものでした。丁寧に物事をみること、ふれること、きくこと、それを促すためのインスタレーション・パフォーマンスです。



[1] ハンセン病フォーラム(2019)に合わせて行われたアンケートに基づく。会場内の椅子の上にその際の記録集を置いておきます。

[2] 武満徹作詞・作曲










たそがれの光

 

ある晴れた日

2時を過ぎるとヒカリは弱くなっていく。手のひらをヒカリにかざすが、時々刻々と弱まっていくのを感じる。手のひらと手の甲。表と裏で感じ方が違う。どちらが表か、どちらが裏か。

右腕で左肩に触れる。うっすら影に入ってしまっていて少し冷たい。引っ張り寄せて暖かい場所へ連れて行こうとする。そのような無理をしても、もう左肩は戻ることはない。肩も腕も物質であったのだということに気がつく。

 

白い壁はひんやり、つるりとしている。

私の身体に影を移してみる。しかし光がぼやけてしまい像に結びつかない。2重に3重にいる彼方は誰。

30年の間にできた小さな傷を撫でていく。指先の触感で見なくても辿ることができる。そしてその音を聞いてみる。

壁に、床に一つ一つがそこにいた人の記憶。

この部屋は小さな音で溢れている。

 

窓を開ける。

鳥の声が聞こえる。2週間前は鳥たちもいなかったのに、もう春か。

窓の外はあんなにも自由なのに。

息をすることすら忘れていた。言葉にならない声が溢れる。

 

あたたかさを求めて移動する。ベンチにちょこんと腰掛け、温まろうとするが、眩し過ぎるヒカリにやられてしまう。直接みたり触れようとしてもできない。私には寄り添うことしかできない。

 

ヒカリのシカクを薬指でなぞってみる。

壁に耳をつけてなぞる音を聞いてみる。

 

マドのシカクを薬指でなぞってみる。

射し込む光は暖かく、手だけでもそれに触れようとする。

机の傷を薬指でなぞってみる。

机に耳をつけてなぞる音を聞いてみる。

手のひらをみる。じっとみる。手のひらと手の甲。感じ方が違う。

机の傷を辿りながら誰もいない食卓を回っていく。思いがけず「いない人」に出会うことがある。そこでいないことにするのか、認めるのかはその人に委ねられる。

 

机の傷に導かれていく。ヒカリのシカクの傍に横たわり、あたたかいヒカリを手に受ける。それをぎゅっと握りしめる。

空には一面のお星さま。なぜ一つだけ銀色なのだろう。小さく小さく揺れている。私もまた星の一つとして揺れている。

 

射し込む光の方へ手を差し伸ばす。目覚めたら手の指がなくなっていた。なぜ私が。誰にでも、いつでも起こり得た。そういうことだった。

誰もいない食卓に一人残され、じっと手を見る。

 

そんなことはなかった。そう信じたい。指があるのであればせめて祈りましょう。窓の外では鳥が鳴き、雲が流れる。

ここには誰もいない。そしてこないだろう彼方を待ち続けている。かれこれ30年。建物の小さなつぶやきは傷の中に、しみの中に積もり重なっていく。

 

この部屋は美しい。

時々刻々と時が流れ、ヒカリのシカクも移動していく。私も立ち上がらなければならない。その飴玉のように甘い毒は私が預かりましょう。

 

耳をふさぐ。ザーッと血流の流れる音が聞こえる。指関節が動くとその軋みが聞こえる。建物だけではなく私自身の中もまた傷やしみを多く抱えていて身体の中には小さな音が溢れている。

 

17:57、日の入りののち、私も彼方も闇の中に溶け始める。この壁にうつしだされた影もまた徐々に薄くなり、私との境目をなくしていく。影に触れることはできないが、影と共にあることはできる。「わたし」という存在を消失させていくことによって、影を移し出そうと試みる。いや、影を移し出すのではなく、私が影にのまれ溶け込むだけだ。

たそがれとは誰そ彼、私が私ではなくなり、彼方が彼方ではなくなる、その瞬間を指す言葉である。

 

 

 

 

おどりとは本来そのような記憶や想いを自身の中に受け取って、あらわれ出させるものでありました。ある種のメディウム(メディアの複数形、巫女の意味も含有している)であり、それは特殊な技能ではなく、すべての人が持っていたものでした。近年、「自己表現」や「自己実現」が求められますが、舞踊はもともと視野を転換させながら、自己を消失していく行為であり、ゆるやかで穏やかな自殺のようなものと考えられます。土方巽が「舞踏とは命がけで突っ立っている死体である」という言葉を残したように。

丁寧に物事をみること、ふれること、きくこと、それを促すためのインスタレーション・パフォーマンスです。



こぶし館3つの光

 こぶし館3つの光と題し、3人のアーティストが関わりつつ作品発表を行いました。木野は「こぶし館とともに在る」というタイトルで昼の会がおよそ1時間、たそがれ時は3時間半に及ぶパフォーマンスを行い、観客は自由に出入りをしながら、光の変化や空間を見る機会としました。完全に静寂(暖房すらも切った状態、写真等も屋外から撮る形)のなか、それぞれに時を過ごしていただく形を取りました。見終わった観客にアンケートで「今、ここで何をみましたか?」と尋ね、それらはまた今後の作品制作や研究へとつないでいきます。

波田野さんによる『光跡』は終了後カードが配られ、各自の家等でこぶし館で起きたことを振り返る作品でした。

この場所の記憶に想いを馳せるそんな機会となったと思います。












2018年5月31日木曜日

ダンスハ體育ナリ?其の2再演

◎「建国體操ヲ踊ッテミタ」再演しました。
5月12日明治神宮外苑聖徳絵画記念館。
この5月12日、1940年には第6回日本体操祭が開かれ、例の明治神宮競技場で1100人建国体操が行われた日なのです。皇国2600年祭の一環として。
これらの体育の聖地明治神宮外苑の歴史を紐解くには格好の日。





再演に合わせて鳥取大「グローバル時代の国家と社会」の授業内で公開リハーサル状態にすることにしました。5月10日木曜5限(4時半から)
学生さんたちの感想もなかなか面白いものでした。

今回2公演ともに満席で、ありがたいと思うとともに(制作さんの努力が素晴らしい)
この作品の持っている幅の広さを感じました。
体操の研究者、スポーツの研究者、大衆音楽の研究者、メディア、批評家といったプロの方が多く来ていて、なかなか衝撃。(恐れ多い)終わった後も色々質問を受けまくっており、これらをちゃんとまとめなければという気がしています。

この作品自体が身体の近代化そして国家とは?ということが見えてくる内容なので、掘り下げることができそうです。

北海道新聞(5月18日)、公明新聞(5月26日)に載せていただきました。北海道新聞は地方紙でウェブ公開などもしていないため、みんなで観れるように出してみます。

さらに、改訂版の再演が決定しました。10月6、7日。

2016年9月12日月曜日

Mobius 東京 プログラムノーツ

東京編
求道会館
創立者近角常観が浄土真宗の信仰に基づき、仏教によって結ばれる人々の交流を願い建設した教会堂。優れた歴史的建造物として東京都の指定有形文化財になっている。http://www.kyudo-kaikan.org
1階の講堂、2階のアーチ型回廊の両方を用いて作品を展開し、シカゴ公演へとつなぎます。原型となる”En attendant,,,,,”(2015,木野彩子ソロ),CMCレジデントアーティスト加藤文子によるダンス作品も合わせての公演。
出演: Chicago Moving Company
    森重靖宗(チェロ),
    横山祐太(トランペット),
    木野彩子
照明:加藤泉
映像撮影:中川泰伸
協力;吉福敦子、蔀健、日本基督教団巣鴨教会
鳥取編映像:佐々木友輔(鳥取大学地域学部附属芸術文化センター)
日時:2016.9.2 7:30PM(開場は開演の15分前)
場所:東京都文京区本郷6丁目20番5号(本郷3丁目駅徒歩7分)
料金:3000円(学生2500円,当日500円増)
主催:Chicago Moving Company/木野彩子
supported by MacArthur Foundation(マッカーサー財団国際交流基金)、芸術文化振興基金 

此岸より
 blue fish -reveal-
  (シカゴ市文化庁助成2017春初演予定blue fishより抜粋)
  振付・出演: 加藤文子
音楽: Christian Walfarth, György Ligeti
blue fish。深海に住むその存在さえ未知の魚。福島の原発事故から5年。原発再稼働、2020年東京オリンピック、憲法改正案。経済成長の為に続く自然破壊と命の犠牲。人もまた自然。こころとからだはどこまでバランスが保てるだろう。転換をもたらす動きのチカラを信じて。
彼岸より
 En attendante,,,,,(2015)
構成、出演:木野彩子
楽曲提供:上地正彦(Amanogawaのテーマ)
Freistil( Berlin Tantz fabrik)、カトルカール(東京セッションハウス)で上演した作品をMobiusの原型ということで再構成しました。構成上森重靖宗(チェロ)に出演いただきます。
 Mobius
 2階:HOSPITALEの部屋の記憶を辿るということ。(音楽構成:森重靖宗)
  個室:加藤文子
  図書室:レイチェル バンディング
  地球儀のある部屋:カーラ ベルトゥチェンコ
  配膳室:ジェシー ヤング
  滑車のある部屋:プレシャス ジェニングス
  地から呼ぶ声:横山祐太(トランペット)

1階:Mobius ここにはない彼方の世界

Mobius 鳥取 プログラムノーツ

Mobius
 Dance and Music series
 collaboration betweenChicago Moving company and 木野彩子 

HOSPITALE 鳥取
2016.8.27/28 6:30PM

求道会館 東京
2016.9.2 7:30PM

Hamlin Park Theater シカゴ 
2016.9.22/23 
ごあいさつ
 私は踊る時に何者かに動かされていると感じてきました。それが音楽の時もあればその場所の持つ雰囲気であったりもし、おそらく人によってはそれを神といい、私の中のもう一人の自分といい、私は常にそんな”なにものか”とともに生きてきました。
 演劇が人との対話と言葉の力により社会とは何かを生み出していく作業であるならば、ダンスはそのような感じ取ってしまった”なにものか”を表していく、そんなものです。目に見えない、言葉にならない何かを私はずっと見つめています。

 メビウスの帯(輪、Möbius strip)はドイツ人のアウグスト・フェルディナント・メビウスが思いついた一回転ねじってある帯です。ご存知の通り永久に続く円運動です。フランス人のチェリストHugues Vincentとのトライアルで、彼のアルバム”メビウスの鳥”から名付けられました。(なお、そのアルバムで共演している鉢屋真紀さんとも”鳥”作品を作ることになっています)四谷3丁目の小さな喫茶店から始まった音楽とダンスの関係性を探るこのシリーズは上地正彦(ピアノ、バスクラリネット)、中沢れい(ダンス)などを巻き込み、これまでフランス、ドイツ、札幌など転々と移動しながらパフォーマンスをしてきました。音楽家だけが音を出しているわけではない。ダンサーの声や足音や、衣装の擦れる音もまた音楽だ。ダンサーだけが踊っているわけではない。音楽家もまたそこに存在し時には動くこともある。そして相互に影響を与え合っている。ニーチェが指摘するまでもなく、音楽とダンスの関係性はおそらく永遠に切っても切れない縁と言えることでしょう。交わらないからこそ永遠に続く。メビウスの表と裏は追いかけあっても決して出会うことがないようにこのDance and Musicはずっと考え続けていくのだと思います。

 さて、この企画書を書いて提出し、一安心した頃、気がつきました。Mobiusと書いていることに。点々がない。Möbius stripはドイツ語でした(Huguesはベルリン在住なのです)。永遠回帰しそびれたこの帯はどこにつながっているのか。鳥取、東京、シカゴと3つの会場の場所の力を借りながら、メビウスの輪のおそらく真ん中に向かって覗き込んでみます。石炭袋の中のような真っ黒の闇に向かって、おーいと呼び続けるそれもまたダンスなのです。

 ダンスの見方に答えなどありません。
 思いついたことを感じたことをそのまま受けとめて、もしできれば私に聞かせてください。その言葉がもしかしたらこの帯の謎をとく鍵になるかもしれません。


木野彩子
 

鳥取編
HOSPITALEプロジェクト
鳥取市中心地にある横田病院跡地をアートギャラリーとして活用、展覧会、パフォーマンス、ワークショップなどを開催している。

 病院内の小部屋を移動しながら見ていきます。ワークインプログレスとしての公演。(東京、シカゴ公演の原型となります)

 出演: Chicago Moving Company,
やぶくみこ(パーカッション),
森重靖宗(チェロ),
横山祐太(トランペット),
 構成、照明デザイン:木野彩子
 映像撮影:佐々木友輔(鳥取大学地域学部附属芸術文化センター)
 写真記録:田中良子
 協力:赤井あずみ、藤木美里(HOSPITALEプロジェクト)

 日時:2016.8.27/28 6:30PM(開場開演同時刻)
 場所:鳥取県鳥取市栄町403(鳥取駅徒歩7分)
 料金:1500円(当日2000円)

関連企画 
アメリカとシカゴのダンス事情について聞くトークイベントを開催。
2016.8.24 7:00PM場所:HOSPITALE













東京編
求道会館
創立者近角常観が浄土真宗の信仰に基づき、仏教によって結ばれる人々の交流を願い建設した教会堂。優れた歴史的建造物として東京都の指定有形文化財になっている。
1階の講堂、2階のアーチ型回廊の両方を用いて作品を展開し、シカゴ公演へとつなぎます。原型となる”En attendant,,,,,”(2015,木野彩子ソロ),シカゴ在住のCMCレジデントアーティスト加藤文子によるダンス作品”Blue Fish”も合わせての公演。
 出演: Chicago Moving Company
    森重靖宗(チェロ),
    横山祐太(トランペット),
    木野彩子
 照明:加藤泉
 楽曲提供:上地正彦「Amanogawaのテーマ」
 映像撮影:中川泰伸
 協力:蔀健、日本基督教団巣鴨教会、
  日時:2016.9.2 7:30PM(開場は開演の15分前)
  場所:東京都文京区本郷6丁目20番5号 求道会館(本郷3丁目駅徒歩7分)
  料金:3000円(学生2500円,当日500円増)

シカゴ(アメリカ)編
 円形、半円形と変化をしながら最終的には劇場にての公演を行う。木野の代表作となる”Edge”(2003,2010),CMCダンサーによるダンス作品も合わせて3作品の公演。木野にとって初のアメリカ公演。
 出演:Chicago Moving Company
    やぶくみこ(パーカッション)
    横山祐太(トランペット),
    木野彩子
 日時:2016.9.22/23 7:30PM
 場所:Hamlin Park Theater


主催:Chicago Moving Company/木野彩子
共催:鳥取大学地域学属芸術文化センター
   Hospitaleプロジェクト
supported by MacArthur Foundation(マッカーサー財団国際交流基金)
  芸術文化振興基金 





出演者プロフィール
Chicago Moving Company (CMC) 
Karla Beltchenko, Rachel Bunting, Precious Jennings, Ayako Kato, Jessie Young
 今年 43周年を迎えるChicago Moving Company (1972年、前芸術監督ナナ・シャインフラッグにより発足)は、シカゴで最も著名なカンパニーのひとつ。NYタイムズ紙で「大胆、且つ荘厳...桁違いのエネルギー」と評される。その革新的な芸術性とパワフルなパフォーマンスにより、現在までにNational Endowment for the Artsより4度の振付奨励金、Chicago Dance CoalitionのLifetime Award, 及び2014年のNew Stages for Dance Award等を受賞。またベルリン、サルバドール(ブラジル)、ウランバートル(モンゴル)等にツアー、シカゴ・シンフォニーとの共演、シカゴ大学オリエンタル・インスティテュート、ロヨラ大学等より委嘱され、コラボレーションを行う。2007年より、モンゴルとの文化交流を芸術評議会、またダンサーを通じ展開。ウランバートルへのツアーを始め、2013年には、モンゴル人ダンサーOdbayar Batsuuriを国際アーティスト・イン・レジデンスとして受け入れた。2013年、CMCは年間を通じ様々な40周年記念イベントを実施し、国内外の著名なカンパニーがプロデュースされるDance Center Columbia College のシーズンにて記念公演を行う。今回の木野彩子との交換は、2016年MacArthur Foundation International Connections Fund (マッカーサー財団国際交流基金)の受賞によって実現。本作品は、新芸術監督カーラ・ベルチェンコ率いるCMC初の国際委嘱作品となる。1995年以来、CMCはアーツ・パートナー・イン・レジデンスとしてHamlin Park Theaterにて活動を続け、地域貢献を目標としたダンス施設として、たゆみない発展を続けている。

カーラ・ベルトチェンコ Karla Beltchenko

舞踊家、振付家。Chicago Moving Company芸術監督。2010年よりChicago Moving Companyメンバー。2015年英国ロンドンにて、Trinity Laban Conservatoryより芸術学修士を取得。米国、イギリス、イタリアにて作品を発表。ダンスビデオ作品に傾倒し、実験的スタイルにて作品を発表。NET (Network of Ensemble Theatres)の主催によりシカゴ現代美術館、シカゴ・コロンビア大学において行われたMovement Exploration in the Cinematic Mediumにてプレゼンテーションを行う。


レイチェル・バンティング Rachel Bunting
舞踊家・振付家。2002年よりChicago Moving Companyメンバー。シカゴ・コロンビア大学演劇学科講師。フェルデンクライス認定講師。2004年よりダンスカンパニーThe Humans芸術監督。イメージの世界を現実として動きで顕す独特の作品世界はMagic Realismと高く評される。Movement Researchジュッドソン教会パフォーマンス(ニューヨーク)、ニューヨークThe Joyce Theater、The Dance Center Columbia College Chicago主催A.W.A.R.D.Show!等にて作品を発表。2011年Chicago Dancemakers Forum ラボ・アーティスト・アワード受賞。2004年よりChicago Moving Company Hamlin Park Fieldhouse劇場アーティスト・イン・レジデンス。

プレシャス・ジェニングス Precious Jennings

アイオワ州出身。舞踊家・振付家。2009年よりChicago Moving Companyメンバー。シカゴ・コロンビア大学演劇学科講師。ヨガ講師。マッサージセラピスト。2004年よりThe Humansと、またニューヨーク在住のK.J.Holmes、シカゴにて加藤文子、Julia Rae Antonick等とダンサーとしてコラボレーションを行う。2015年、Links Hall LinkUPアーティスト・イン・レジデンスを受賞。近年、Body-Mind Centering (tm) や、演劇の Lucid Body(ルーシッド・ボディ) Technique、及び Grotowski (グロトフスキ)に基づく手法を取り入れ、ヴォーカル、演劇身体表現、解剖学の知識を発展させたダンス作品の制作に取り組んでいる。

ジェシー・ヤング Jessie Young

舞踊家、振付家。写真家。イリノイ大学アバナ・シャンペーン校ダンス学科芸術学修士。写真、ビデオの手法を取り入れ、アスレチックな作品づくりを行う。現在までにFringeArts (フィラデルフィア), The Current Sessions (ニューヨーク), Festival International de Teatro Susana Alexander (メキシコ), Fleet Moves Dance Festival (マサチューセッツ州ケープ・コッド), The Domestic Performance Agency (ニューヨーク) 等にて作品を発表。 ダンサーとして、11を超えるカンパニーと米国内外で公演を行う。jessie-young.com

加藤文子 Ayako Kato

舞踊家、振付家。キュレーター。1998年よりAyako Kato/Art Union Humanscape芸術監督。ミシガン大学ダンス学科芸術学修士。現在、米国シカゴ在住。人間の心身に内在する自然、自己と他者の重力の感得に着目し目に見えない物を動き・舞踊を通し顕す。現在までに振付40作品を創作。50を超える音楽家との即興コラボレーションは100回を超え、米国、日本、ヨーロッパにて発表。その舞踊作品は、NYタイムズ、シカゴ・トリビューン紙等にて高い評価を受けていいる。2010年よりChicago Moving Company Hamlin Park Fieldhouse劇場アーティスト・イン・レジデンス。www.artunionhumanscape.net



森重靖宗(チェロ)www.mori-shige.com(鳥取・東京)
チェロ奏者、即興演奏家。東京在住国内外の数多くの音楽家や舞踏家等と共演。アコースティック楽器の可能性を広げて奏でられるその様々な音響は、繊細かつ豊かで独特である。時に自作曲のチェロによる弾き語りや、ピアノを使った演奏なども行う。灰野敬二率いるバンド「不失者」ではエレキベースを演奏。

横山祐太(トランペット)(鳥取・東京・シカゴ)
  トランペット奏者。即興演奏を主体に札幌にて活動中。ヨーロッパ、アジアなど、国内外のミュージシャンとライブやツアーを行う。音楽家以外にもダンサーや舞踏家との共演も多く、田仲ハル、小山彰太等と共演。

やぶくみこ(パーカッション)http://mukubaynooto.jimdo.com (鳥取・シカゴ)
  打楽器奏者/作曲家、岸和田生まれ京都在住。ジャワガムラン、ダルブッカ、瓦などのを演奏する。演劇やダンスとのコラボレーションや環境と対話する即興音楽を中心 に活動中。淡路島にて瓦の音楽プロジェクト進行中。京都のガムラングループスカル・グンディス主宰。


木野彩子(振付・構成)http://saikokino.jimdo.com 
  札幌生まれ。幼少よりモダンダンスを始める。お茶の水女子大学にて舞踊教育学を専攻。卒業後は牧野京子のもとで学び、ソロを中心に自らの身体と向かい合った作品作りを行う。”Edge”でYokohama solo duo competition2003横浜市芸術文化振興財団賞を受賞。以降日韓ダンスコンタクト、ネクストウェーブダンスなど横浜、東京、ソウルで作品発表を行なう。 2004年より文化庁在外派遣研修員としてパリで研修、2005年よりロンドンにてRussell Maliphant Companyのダンサーとして活動。 The Place Prize 2008のコミッションをうけて制作した作品”IchI”は好評をえた。2009年より神奈川と札幌を拠点に日本での活動をはじめる。川崎市アートセンタークリエイション•サポート事業対象アーティストとしてワークショップとダイアログから映像を制作するAMANOGAWAプロジェクトをたちあげ、現在も全国各地へ運ぶべく活動を続けている。

指導者として大学短大で身体表現教育に携わる他、子育て世代及びシニア向けワークショップ、中高生向けワークショップを展開、ダンスを一般へと広める活動を行っている。静岡舞台芸術センター(SPAC)のSPAC enfantプロジェクト“タカセの夢””Angels”に2010年よりカメルーン人振付家メルランニヤカムの振付アシスタントとして参加している。

2016年より鳥取大学芸術文化センター講師。