ウクライナ・ロシア、パレスチナ・イスラエルの戦争は続き、(現在は停戦状態ではあってもいつ何が起きてもおかしくはない状態が続いています)アメリカトランプ政権に世界中が振り回される中、これからの世の中が悪化していくしか見えないのですが、第二次世界大戦に向かっていく世相にとても似ていると感じました。
2018年にも『ダンスハ體育ナリ?其ノ二建国体操ヲ踊ッテミタ』(初演:明治神宮外苑聖徳記念絵画館、その後ゲーテインスティチュート、早稲田どらま館、一橋大学などで上演)で指摘していた、世の中の分断、全体主義への動きがさらに進ん進もうとすることより力のある方(メジャー)へ進もうとすることにより、それを悪化していくのではないかと思います。
私の所属する地域学部は地域における諸問題を扱っていけるようにと、教育学部から変化してきました。
高齢化、過疎、それらは都市部との経済格差や税金の分配に左右されるものであり、大学でいくら問いかけても、地域にそれを聞く力がない場合はそれ以上何もできないと思いました。
2017年からの鳥取夏至祭、2019年の鳥取銀河鉄道祭、様々に語りかけてきましたが、自分の活動する場所を作っていこうという気持ちがない人に語りかけても、ただ労力を取られるだけで無意味であると理解しました。
興行として公演を行ってもそのチケット代金が会場使用料で消える状況で、大学教員だから助成金ももらえず、これ以上何ができるのだろうかとおもいました。
鳥取大学長が変わり、予算が締結されたこともありますが、学生の公演にはお金が出ても、プロフェッションとして行ってきた自分の公演には予算がありません。
どうしたらいいだろうと考え、パフォーマンスの原点に立ちかえることにしました。
本来多くの人に見てもらい、感動を与えるものと舞台芸術は行われた反面、戦時のプロパガンダにも繋がりました。
個人と個人の日常的なつながりの大切さにもう一度目を向けるべきではないか、またそもそも人と人との関係性に目を向けがちですが、人と自然、地球、宇宙とのつながりに視野を向けた時、近年の宇宙工学の盛り上がりは地球を捨てる可能性ゆえであり、今生きている私を、地球を大切に生きていくことはできないかと考えました。
今年の作品は湖山池阿弥陀堂で作成することとし、1人(もしくは2人)の小さなお茶会を開催することにしました。
わたしとあなたしかいないこの空間で、この世の中で起きている生命のやり取りに気を向けるような、五感を開くような機会を作れないかと思いました。
阿弥陀堂は柳宗悦の影響を受けて作ったそうですが、おそらく極楽浄土のようなものを意識してできた場所です。いつかぜひお越しください。
◎作品 『阿弥陀堂四季のうつろい』
四季を通じてこの場所で変化を感じていこうと思い季節ごとのパフォーマンスを制作しました。1人(もしくは2人)のプライベート空間でのお茶会です。
見にきたお客様だけの特別なパフォーマンスは確実にそれぞれの人の心に届いたのではないかと思います。
各回のパフォーマンスは季節に合わせて内容が異なります。
夏至の会は風が強い日でした。
秋分の日は蝉の声が聞こえ、時間によりその鳴き声も変わって行きました。飛んでいた鳥が一列に並んで飛んで行ったことも印象的でした。
冬至は雨が降り、曇った空でしたが、お客様は山陰らしいねとおっしゃっていました。
私はその前後も含めかなり通い続けていますが、1日として同じ日はありません。日の光、水の音、風の流れ、1日どころかその1日の間にも時間によって全く異なる時を過ごすことができます。
こぶし館の時にも思いましたが、まるで天然のプラネタリウムのようにみえました。6月夏至の会の時にもお会いした管理人さんが急にお亡くなりになり、現在は一般への貸出ができなくなってしまったのですが、民藝美術館のご厚意により秋分、冬至と開催できました。
吉田璋也はこの場所で民藝を率いる仲間達との会合を開いていたと言います。このような場所がそれぞれの地域で広がって行きますように。
(今回フィーチャーしたのは松澤宥(1922-2006)という長野県の現代美術の作家です。昨年のプラネタリウム公演で伊那(長野)に行った時に知り、調べました。オリンピック、万博の流れの中、日本におけるコンセプチュアルアートの原型をつくりました。)
吉田にしても、松澤にしてもきっと地域(地方)、辺縁で新しい文化はうみだされていくのではないか、と私は思っています。
以下は夏至の際のプログラムに載せた文章です。
松澤の言葉に合わせ私の言葉とさせていただきました。
これだけの環境破壊が起きている中、人類の存在がむしろ問題ではないかとも思います。
ただ、歴史を見ると、第二次世界大戦に限らず、ずっと厳しい状況が続いていたのだということがわかります。それでも生きていかなければいけないのだろうか、と考えさせられます。
劇場での公演は照明、音響、舞台衣装や装置なども含めた総合芸術です。あの暗闇でなければできないことは確実にありますし、観客どうしの一体感も醸成されます。そんな舞台芸術に長く携わってきた身ではありますが、コロナウィルスの流行(2020−2022)の3年の間に日々の暮らしを見直すようになりました。
人類が移動を停止し、引きこもっている間も自然は変わらずそこにありました。むしろ大気汚染が減り、心なしか星が美しくみえるようになりました。人もウィルスとはまた違う形で地球を害しているのかもしれないと感じるようになりました。ゆっくりすごすようになって、四季の変化を感じることができるようになり、2020年から2021年にかけて久松山の麓にあるこぶし館に通いながら日の光の変化を観察し、『こぶし館 3つの光』を製作しました。(映像作家の波田野州平、照明家の三浦あさ子との共同製作。私は「こぶし館のひかりとともにあるということ」と題して昼の光とたそがれの光の2バージョンを発表しました。)風の音、鳥の声、雨音、木の軋み、小さな音や空気感を感じ、解像度をあげていく、演者だけではなく、見に来た観客の皆さんの五感をひらくような試みでもありました。コロナ下ということもあり、少人数の観客が入れ替わりながら見る形であったこともあり、一人一人の人の呼吸や気配、熱量を強く感じることができました。2004年に製作した『箱女』(映像作家の城戸晃一との共同制作)でも、観客とダンサーのみる・みられる関係性の逆転をテーマとしていましたが、観客である「あなた」がいることによって作品は必然的に代わりうるということに気がついたのです。
コロナ以降、映像文化やバーチャルリアリティが広まるにつれ、オンライン上での交流に加速度的にシフトしていく中、パフォーマンスやパフォーミングアーツができることとは何かと考えてきました。しかしそれでも最終的にはこの生身の身体に戻ってくるのではないでしょうか。あなたの呼吸が、存在が私を変える可能性を考察するのに、100人、1000人、1万人の観客を対象としているのでは多すぎます。大人数の観客だからこその盛り上がりもありますし、オリンピックや万博も含めた国家イベントにおける、より多くの人に届く(刺さる)作品作りを目指す人もいるとは思うのですが、逆にただ一人(今回は二人までとしています。)のためのパフォーマンスを作れないだろうかと考えました。
思えば茶道は茶器や書の選定や花を生け、空間を作り、嗅覚や味覚もふくめた五感を共有するものでありました。様式化され、動きも完全に決まっていることから、振付とも作品ともいえるでしょう。器にこだわり、花にこだわり、そうして宇宙を五感で感じさせるものです。千利休が見出した侘び寂びもまた一つの美です。そこにヒントを得て、この空間で小さな茶会を開こうと思いました。
吉田は『阿弥陀堂を建てる』のなかで「茶道にはいろいろと流派があり、また私は特に茶室建築を研究したのでもなく、自分勝手な建築をすれば、法に合わぬと批判もやかましいことだろうと思った」から「茶室を建てると、標榜することは差しひかえました」と記しています。柳も「美の性質を論じることと、『茶』の精神を説くこととは一様である」(『茶と美』初版序)と記述しつつも、茶道の家元制度や茶器の来歴による高額化など批判的に捉えるようになり、「『茶』に係わる凡ての人々を能ふ限り解放して、元来の『茶の自由』にもどさふとするのがこの1冊の悲願なのである。」(『同』第3版序)とまでいうようになります。そのため、本作品では茶道の様式をあえて用いず、よりリラックスして、阿弥陀堂でゆっくりとともに時間を過ごすためのもてなしを用意することにしました。
柳は美の追求から次第に宗教的探究へと進めていきます。仏教に関する文章を多く残していますが、キリスト教など宗派を超えて信と美を求めていきました。「美しさも亦迷いに過ぎない、それが醜さに対するかぎりは」として最終的には美醜を超えたもう一つの美を見ようとしており、吉田によって一般に広まった新作民藝運動のもつ作家性やデザイン性とは少しずれていくことになります。
柳にとっては美もまた己の中に宿るものでありました。
その視点に立って、照明や音響といった舞台機構に頼らず、自身の身体感覚を研ぎ澄ましてみみをすますこと。それが舞踊以前の身体にできることの一つであったはずです。そしてあなたにしかない記憶を思い起こさせ、つながることも今のところその本人にしかできません。視覚以外の聴覚、味覚、触覚、嗅覚はまだ人間にしかない感覚がのこされています。なぜならそれを言語化、分析化がしにくいからです。特別なダンサーだからできることではありません。あらゆる人の持っている感性にもう一回立ち返って、生き物としての人間の身体が最後にできることとを考えてみましょう。(しかし、言語化や分析化もしにくいだけで、近いうちにできるようになっていくだろうと予測されます。)
1960年代から70年代に松澤がかつて作り出した観念芸術は近いものではないかと思いました。1970万博のような世界最先端の技術が集まっている時代に、時代に逆行するような儀式、試みの数々がそこにはありました。2025年万博を迎えた今、身体や、パフォーマンス、パフォーミングアーツでなければできないこととは何だと思いますか?2020年代に入ってからのスピリチュアルのブームは、松澤の提示した虚空間やプサイのように、すべてが分析できることに対する抵抗なのかもしれないと思います。冷静に、理知的に、人間の知の先を想像しようとした。そしてそれは柳の見ようとした無あるいは空と近いところを指しているように思うのです。
吉田は「わたしはその後、たびたびこの小山をたずねました。(中略)雨の日に、雪の日に、晴れた日に、それぞれに趣を異にし、変化に富み、湖面の彩色もとりどりでそれぞれに美しい景観でした。」と書いています。私も四季を通じてこの場所を見続けてみようと考えています。よろしければまたお立ち寄りください。この場所で過ごしたこの日が皆さんの記憶として残り、それぞれの土地へ戻った後にも思い出されますように。思い出す度に、回路はつながり、私はここできっと踊り続けています。
あなたがこれを読んでいるこの瞬間
わたしは日本の鳥取、
湖山の池の
あの阿弥陀堂に座わり、
あなたと此処に
わたしの魂を憑依させながら
静かに静かに
人類滅亡の日の為に舞っているでしょう
木野(2025)「あなたがこれを読んでいるこの瞬間」
2025年6月21日 木野彩子
◎パフォーマンス 『祈』2025年5月17日
豊岡市城崎温泉温泉寺のクラウドファウンディングに協力することになり、住職の小川祐章さんの読経の中踊らせていただきました。大部行堂さんに書を書きだしていただきました。(2021年に『鎮』として閉帳にあわせ公演をしています)
https://for-good.net/project/1001920/support
境内の鐘も修復、移転し、落慶法要にも伺いました。多くの方に愛されてきた寺であることを改めて実感し、次の開帳(30年後)のご無事を祈っています。
鳥取出身のエンドウレイさん、川口覚さんにさそわれ、麒麟獅子舞をモチーフにしたコラボレーション作品を作ることになりました。
鈴木掌さん(画家)、Betts(Jp)さん(音楽家)とお会いでき、貴重な機会でした。Betts(Jp)さんはインターネットを使用しないフェスを開こうと模索しており、個人的にはわかる動きだと思いました。インターネットはとても便利でありがたいのですが、人のつながりはかなり阻害されているのではないかと個人的に思っています。阿弥陀堂の話をしたら共感されました。
鈴木さんは鹿野にご先祖様が即身仏(ミイラ)で眠っているそうで引き続きつながりができそうです。
◎ワークショップ 米子コンベンションセンター『舞台でASOBO』
中高生の舞台技術ワークショップと親子の舞台体験の2つを重ねて行うワークショッププログラム。米子で活動する水谷宣子さんにご協力いただき、開催しました。親子参加は1週間と立たず申し込み締め切りになるのですが、中高生の参加は振るわず、、、今後の形を考えねばと思っています。米子高校の子達が助っ人で参加してくれて、地元の中高生達につながっていかなければいけないと実感しました。
なお、ベースは「星の王子さま」、星のまち米子に合わせて作っています。
◎学生の発表
2025年の学生公演は『まいとどーりぃ』をわらべ館(鳥取市)、米子市児童文化センター(米子市)で上演を行いました。多くの皆さんにご覧いただき、ありがとうございました。
中でも中心を担っていた3人は1年かけてダンスと演劇作品も制作してくれました。それぞれの形で創作活動を続けてほしいと思っています。
◎著作
鳥取大学地域学論集と地域学入門に書きました。
『ダンスハ體育ナリ?其ノ三2021踊ル?宇宙ノ旅』を通じて見直す万国博覧会
2025年の1番のニュースでもある万博ですが、それまでの経緯を考えると、必ずしも成功とは言いかねるとわたしは思っています。そもそも現代において万国博覧会を開催する意義から問わねばいけなかったのではないか。とはいえ、私の友人たちのパフォーマンスも多く開催され、パフォーミングアーツというジャンルがある種のお祭り騒ぎであるということも実感しました。
これまでのオリンピック、パラリンピックもふくめ、開閉会式を含め多くのダンスシーンがありその多くを友人ダンサー達がになっています。(万博にはブルキナファソから教え子が参加していました)生きていくためにも、またとない機会であり、多くの人にダンスが広がる機会であるのは事実です。しかし、第2次世界大戦の時を思うと喜んでもいられないと思いました。
かっこいい、素敵に踊らされていていいのだろうか?それぞれの人の価値観を信じたい気持ちはあるけれど、大きな流れに流されていないか。
もっというと助成金の動きに踊らされざるを得ないかつての自分というものを見ているような気もしました。
おかしいということをおかしいと言えるようにあるということ。それは私が大学教員だからできることなのでしょうか。
鳥取大学のリポジトリから見ることができます。
『オドることは生きること』
この言葉体奏家新井英夫さんからいただいた言葉です。
体が踊るだけではなく心が驚くことも含め、生きることを追求していく。ALSに罹患し、現在も精力的な活動を続けるダンサー先輩に学ぶことは多いです。
新版地域学入門を出すことになり、おそらく2026年3月までには出されることでしょう(今も校正が続いています)。
様々な経緯があり、木野論文は締めを担当することになり(!)、そこに書いた言葉が書籍の副題に載せられることになりました。
本章のタイトル「オドることは生きること」も体奏家の新井英夫氏から2023年鳥取大学で開催されたミニシンポジウムのタイトルとして預かったものである。新井氏は2022年にALS(筋萎縮性脊索硬化症)に罹患した後も、踊りを拡大し、あえてカタカナ表記として心オド(踊)るオドろき(驚き)の日々を追求し発信し続けている。皆さんにとって心オドる瞬間とはなんだろうか。文章、絵、音楽、映像、もしかしたら料理やファッションかもしれない。芸術は本来経済活動ではないし、本当に創造性あふれる活動は経済に依存しない形だからこそ自由にできる可能性もある。生きることとその尊厳に関わることであり、現在の価値観だけでは図られない未来を作り出すものだからこそ、憲法でも大事に守られてきた。
年々、自由に踊ることができない人が増えているのと同じく、心オドれない人も増えているように感じている。何をどうしたらいいのかはじめの一歩が踏み出せない人も多い。なぜこのようなことが起きているのだろうか。
地域学部という学部は地域で成功するコツやマニュアルを学ぶための学問ではなく、地域における生きづらさを分かち合うための学問でもある。日本中、世界中にそれぞれの生きづらさを抱えている人がいて、だからこそ学問として一緒に考えていこうとするやさしさを持つ人が集まっている。あなたにとって心オドる瞬間を探すこと、そしてそれを続けていくための術を地域で考えること、それがあなたにとっての地域学になっていくのではないだろうか。
筆者はたまたま踊る人で、この章では身体について記述してきたが、地域学部にはそれぞれの分野で言葉を紡ぎ、皆さんの先を生きている人たち(先生)がいる。一人一人違うしあわせの形があるので「これが正解です」とはいうことが難しい現代において、心オドる瞬間を生み出すことをそれぞれの地域で続けていけるように、あるいはおかしいと思った時に「おかしいよ」と指摘できるように、もがきながら地域と並走して生きている人たちがここにいる。
地域学へようこそ。
学長が変わり、いろんな意味で地域学部がどうなるかわかりませんが、私がここにきた意味はこの文章を書き残すためだったのかもしれないとも思います。
「ほんたうのさいわい」を求めて進み続けなければいけませんが。







